昔と今の「日本史教科書」の記述違いまとめ

新しい資料の発見や、研究による解釈の変更などにより、日本史や社会の教科書の記述内容が昔と異なるケースがあります。20~30年前の日本史教科書と現在の教科書の主な変更点をまとめてみました。お父さん・お母さんの時代とは随分違っていますので、お父さん・お母さんが歴史をお子さんに教える際は参考にして下さい。

1.聖徳太子に関する記述と肖像画

以前の1万円札の表に描かれていた「聖徳太子」の肖像画ですが、当時の高官が着ていた衣装と肖像画の人物の衣装が大きく異なるなどの理由から「別人ではないか」「もっと後の時代の人なのでは」といわれています。肖像画のタイトルも「伝・聖徳太子」というように「伝」という文字がつくようになりました。

そもそも「聖徳太子」という名称自体、生存時から使われていたものではなく、50~60年後の人々がつけたニックネームだそうです。そのため、最近は教科書によって「厩戸皇子」(うまやどのみこ)とだけ書かれていたり、「厩戸皇子(聖徳太子)」のように書かれるケースが増えてきました。ちなみに「聖徳太子」が行った事として昔の教科書に載っていた「十七条の憲法」ですが、厩戸皇子(聖徳太子)の時代のものではないという説もでてきています。

2.鎌倉幕府成立

鎌倉幕府の成立は昔の教科書では1192年とされていましたが、今の教科書では1185年とされています。以前は源頼朝が征夷大将軍になった1192年を「幕府成立」としていましたが、平氏が滅亡し全国に守護・地頭を設置した1185年に幕府が成立したというのが現在の日本史の解釈のようです。教科書の記載の変更に伴い語呂合わせも「いいくにつくろう鎌倉幕府」から「いいはこつくろう鎌倉幕府」に変わりました。ちなみに昔教科書に載っていた「源頼朝像」とされた肖像画ですが、別人物の可能性が出てきたため、今の教科書には載っていません。

3.日本最古のお金(貨幣・銭貨)

昔の日本史教科書では、日本最古のお金(貨幣・銭貨)は708年に作られた「和同開珎(わどうかいちん)」としていましたが、1999年に687年と書かれた木簡と共に富本銭(ふほんせん)が見つかったため、日本最古のお金(貨幣・銭貨)は富本銭となりました。

4.江戸時代の文化は3つから4つに

昔の教科書では江戸時代の文化は
・寛永期の文化
・元禄文化
・化政文化
の3つとされていましたが、

今の教科書では
・寛永期の文化
・元禄文化
・宝暦・天明期の文化
・化政文化
の4つとなりました。

新たに加わった「宝暦・天明期の文化」は以前の「化政文化」の前半部分を独立させたものです。政治的には田沼意次の時代で、平賀源内・杉田玄白・喜多川歌麿・東洲斎写楽などが活躍しました。

5.日本最大の前方後円墳

大阪府堺市堺区大仙町にある「日本最大の前方後円墳」の事を昔の教科書では「仁徳天皇陵」として紹介していましたが、その後の研究で時代が合わない可能性が出てきて仁徳天皇が埋葬されていると断定できなくなった為、教科書の記述は地名の「大仙古墳」に変わりました。ちなみに宮内庁は今も「大仙古墳」には「仁徳天皇」が埋葬されているとしています。

6.足利尊氏の肖像画は別人だった

昔の教科書に「足利尊氏像」として載っていた「黒馬に載った人物の肖像画」ですが、最近の研究で尊氏ではなく側近の高師直の肖像画ではないかと言われるようになりました。

7.「踏絵」から「絵踏」に

隠れキリシタンを発見する方法として教科書に載っていた「踏絵(ふみえ)」が最近の教科書では「絵踏(えぶみ)」に変わりました。「絵踏」が「踏ませる行為」を表し、「踏絵」が「踏む対象物」を表すのが本来なので、「絵踏」に変更したそうです。

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